遅刻
スタッフが遅刻した。大した遅刻ではない。数十分遅刻しただけだ。電車が遅延したとのこと。よくある話だ。
さて、私も今までに散々遅刻してきた。授業、試験、部活に遅刻したし、勤務医時代は仕事に遅刻したこともあった。その都度、怒られたり、呆れられたり、自分でも「ああ、遅刻してしまった」とへこんだりした。
今、開業医になって、スタッフが遅刻するのを見て怒りや悲しみが引き起こされるかというと、意外とそうでもない。え遅刻して人がいなければその穴を埋めるように他のスタッフががんばらなければならない。他のスタッフが頑張らなければ現場はうまく回らないだろう。でも、それだけだ。
しかし、開業医になる前と後で遅刻に対する価値観の変化が一つだけある。それは「遅刻=信頼の損失」であるということ。これは明確に意識するようになった。
例えば、何か大事な仕事を頼みたいと思った時、「遅刻」が必ず頭の隅をよぎる。時間を守らなければならない仕事でも、そうじゃない仕事でも、「なんとなく」仕事を頼むのが不安になる。
遅刻の原因
ここで、遅刻の原因について話しておきたい。
「そりゃ寝坊で遅刻とかしたらダメだろうけど、電車の遅延とか仕方がないこともあるじゃん。もちろん、電車の遅延とか、急な体調不良は別だよね?」
こう思う人がいるだろう。いや、大多数だと思う。私もそう思ってきた。
ところが、理由は関係ない。遅刻したか、しなかったか。この2つしかない。私も人間なので、どのスタッフがこういう理由で遅刻した、とか、あの時の遅刻は電車の遅延だから仕方がない、とかいちいち覚えてられないのである。
いや、覚えてない、というより把握していない。誰かが遅刻する。じゃあその穴をだれが塞ぐ?どのように配置を調整する?遅刻する間に患者さんに影響は?などなど、現場の調整に頭を使う。そのため、理由など関係ないのだ。
「遅刻したか、してないか」このどちらかである。
※ちなみに欠勤も同じである。
何が正解か?
「遅刻」という結果を生まない工夫が必要となるだろう。遅延の多い通勤路を使わない、つかわなければならないのなら代替手段を考えておく。遅延を避けられなければ引っ越しする、などなど…
こんなこと書くと、「なんでお前の都合のためにそこまでしてやらなければならないんだ」と思う人もでてくるだろう。おっしゃる通りである。そこまで経営者のために職場につくす必要などない。自分も勤務医時代であればそう感じていたと思う。
今回の日記はあくまでも「遅刻」という一つの現象に対する考え方が変わったという話。
